房総エキスプレスの挑戦は報われたのか ~「東京アクアライナー」乗車記~

格安な価格と斬新なサービスを武器に、この数年で急成長を遂げた高速ツアーバスだが、これらはいずれも東京~大阪・仙台など、一定の「距離」がある催行区間が中心だった。
しかしその中に、首都圏~木更津という短距離の高速ツアーバスに参入した会社があった。
「房総エキスプレス」である。

東京アクアライナー公式サイト。

同社は2011年8月に、まず君津・木更津~東京線に参入。
京急バスや日東交通がほぼ15~20分ヘッドで走る中、朝夕一往復のみでスタートした。運賃は、片道800円。他の高速バスの半額ほどである。

利用者が多かったのか、後に君津・木更津~横浜・品川(2012年5月)にも参入する。
当初はその制定目的からズバリ、「通勤高速バス」と称していたが、この頃から「東京アクアライナー」という、それらしい名称になり、予約専用サイトまで登場した。
しかし、2012年以降の高速ツアーバスの新規制に対応できなかった同社は、2013年7月26日で「東京アクアライナー」からの撤退を発表する。

短距離の高速ツアーバスという、全国的にも珍しい「東京アクアライナー」。
これはなくなる前に乗っておかなくては、ということで、6月下旬に横浜~木更津間(1301便)に乗車してみた。

横浜駅の“集合場所”はお決まりの横浜天理ビル前

横浜駅発、木更津・君津行の「東京アクアライナー」1301便は、横浜駅を19:15に出発するが、高速ツアーバスなので乗車前に〝受付″をしなければならない。余裕をもって、当日は横浜駅の天理ビル前に18:30頃に到着した。
深夜ともなると、長距離の高速ツアーバスの利用者でごった返す場所だが、この時間帯はまだほとんど人がいない。

することもないので、バスツアーで続々と到着する観光バスでも見物しようかと思っていたところに、天理ビルから少し外れたところに停まっていた房総エキスプレスのバスを発見!

(左)ちょこんと停車していた「東京アクアライナー」。車体はなぜか真っ黄色。
(右)乗車は天理ビルを少し通り過ぎたところで行う。(反対側の道路から撮影)

東京アクアライナーのサイトでは大型のバスの写真が載っていたので、そういうのが来るのかと思っていたが、実際のところは26人乗りの中型バスなのだった。

その後も他のバスを見物するなどして時間を潰していたら、房総エキスプレスのバスがソロソロと前に移動を始め、天理ビルを少し過ぎたあたりで停車してドアを開けたので、さっそく乗車する。座席は自由席とのこと。
車内はかなり使い込まれた感じで、バス自体もあまり新しくはなさそうだが、清潔に維持されていた。

座席に落ち着いてしばらくすると、運転手の方が、
お客さん、このバスの利用は初めてですか?実はこのバス、7月26日で廃止なんです。
と、すごく申し訳なさそうに声をかけてきた。

第一印象がちょっと怖そうなおじさんの運転手だったので警戒していたが、けっこういい人そうだったので(運転手の方すみません)、せっかくということでいろいろとお話を伺うことに。

聞けば、房総エキスプレスは都内にある某企業の、駅とオフィスの間の送迎バスを受託しているようで、この「東京アクアライナー」は、それに使うバスを都内に持ってくるついでに運行を始めたものだ、という。
後に登場した横浜・品川線も同じで、この横浜~木更津・君津線は、企業から「中型のバスでいいよ」と言われているため、横浜発着の「東京アクアライナー」も中型車で運行しているらしい。

「東京アクアライナー」の利用率はいかがですか、と聞いたところ、首都圏~木更津間は、先述したように、京急バスや日東交通がかなりの高頻度でバスを運行しているため、最初は会社内でも「果たしてうまくいくのか」という不安は少なからずあったそうだ。
しかし、房総エキスプレスは回数券タイプの「通勤きっぷ11」(10回分の値段で11回乗れる)や、格安な運賃が武器となり、さらには地場の木更津での口コミも功を奏して、「ようやく固定のお客様ができてきたところだった」(運転手談)という。

特に朝は東京発着の路線はかなり混雑するし、常連のお客様、顔なじみのお客様もいるほどだったんだ。だから、まさにこれから、という感じだっただけに、残念と言えば残念だね。

と、運転手さんは苦笑い。

元々、京急バスや日東交通に真っ向から戦いを挑むというよりかは、「知る人ぞ知る交通機関」として、数少ないながらも、確実な支持者を得てきた、と言ったところなのだろうか。

車内の様子。

さて、お話を伺っているうちに出発時刻が近づいてきて、お客さんがちらほら乗車してくるようになった。
一番前の席に陣取って見ていると、利用者はみな回数券タイプの「通勤きっぷ11」で乗車している。
運転手さんの「常連のお客様、顔なじみのお客様」って、こういうことだったのね。
ツアーバスの利用者は、全体的に若年層が中心だが、「東京アクアライナー」はわりと年配のサラリーマンらしい人の利用者も多い。

横浜を出発。

利用者がそろったのか、定刻より少し早い19:11に横浜駅天理ビル前を出発。
今日の利用者は私を含め6名で、乗車率は23%あまりだが、出発前に話した運転手の方いわく、「朝の便はけっこう混んでますよ。」とのこと。

首都高速横浜駅西口入口を19:14に通過し、湾岸高速~アクアラインと走って木更津を目指す。
最近の高速ツアーバスの厳しい規制からか、この「東京アクアライナー」は80km/h程度でまったりと巡航しているが、その脇を、空港行きのリムジンバスが100km/h近い速度でガンガン追い越していく。

「ツアーバスは危険」とかよく言われるけど、こうやって乗ってると、これだけの規制の中で走っているんだから、ツアーバスも安全なんじゃないかなぁ~、とか思ってしまう。

夕方の鶴見つばさ橋を行く。

鶴見つばさ橋を通過してほどなく川崎浮島JCTに到着、これよりアクアラインへ入るが、海底トンネルを抜けて海ほたるに至る頃には、外は真っ暗になってしまい、景色は全く望めない。
きっと、朝の木更津から横浜に来る便だと、きれいに見えるのだろう。

ところでこのバス、運転手さんが必要ないと判断したのか、はたまた忘れてしまっているのかは分からないが、横浜を出てから、袖ヶ浦、木更津に到着までの間、車内放送の類は一切なかった。
運転手さん自身はけっこう他のお客さんとも気さくに話している感じだったし、「顔なじみのお客さんも増えてきた」ということだから、必要ないのかもしれない。

バスはアクアラインの長い海底トンネルを抜け、海の上にかかる橋に出た。
ここまで来てしまえば、袖ヶ浦・木更津まではあと少しである。

すっかり闇となったアクアラインを快走。

アクアラインを抜けたのち、バスは19:45に金田出口を通過し、以後はアクアラインに平行して進む一般道を経由して、袖ヶ浦・木更津へと向かう。
日東交通や京急バスが運行する高速路線バスでは、袖ヶ浦ICまで乗るのだが、こういうところもコスト削減の一環なのだろうか。

袖ヶ浦到着前には、商売敵(?)の京浜急行バスが前に。

さて、袖ヶ浦には19:54に到着。こちらでの降車場所は、袖ヶ浦バスターミナルの脇の、かな~り暗い所にある「降車専用」のバス停。
袖ヶ浦バスターミナルはかなり開けていて、数々の長距離バスが軒を連ねている。
ちょうど、私の目の前に同じく横浜からきたと思われる、京浜急行の木更津行が停まっていたが、あちらはほぼ満席の乗客だった。

袖ヶ浦では3人が下車。京急バスや日東交通からまるで隠れるようにして降車扱いをそそくさと済ませて出発すると、次はもう私の降りる木更津駅前。こちらには20:09に到着、こちらも他のバスと共用の降車専用のバス停に停まった。

いろいろと私の無駄話に付き合ってくれた運転手さんにお礼を言って下車。こちらで降りたのは私のみで、残りの2人は終点の君津まで行くらしい。

房総エキスプレスの挑戦は報われたのか

木更津に到着。後ろには同じく横浜からきた京急バスが。

以上、横浜~木更津・君津で「東京アクアライナー」に乗車してみたが、乗ってみての感想は、正直なところ、「思った以上に利用者がいた」に尽きる。
後日、私は東京駅を夕方に出て木更津へ向かう「アクアライナー」も観察しに行ったものの、あちらは45人乗りのバスに対して30人ほどが乗車しており、かなりの盛況ぶりだった。

元来、この手の近距離の高速バスに、高頻度運行、いわゆる「フリークエンシー性」が求められるのは、他社の高速路線バスを見れば明らかである。(横浜~木更津間は、ほぼ20~30分ヘッドで路線バスが運行)
横浜をはじめ、品川・東京~木更津などの路線は、定期券も発売されるほどの高頻度路線だ。

それに対し、1日1便、多くても2~3便しかない「アクアライナー」は、なぜここまで利用者を伸ばせたのか。
結論から言ってしまえば「安いから」なのだが、これはその一言で説明できるものではなく、先述した「通勤きっぷ11」の発売や、需要が見込めるところは増便もしたりなど、こつこつ努力を続けたからこそ、2年かけてようやく固定の利用者を得られてきていた、ということなのだろう。

乗車した後に見た、某テレビの「東京アクアライナー」に関する特集番組では、房総エキスプレス社はこの「東京アクアライナー」で、年2500万円を売り上げていたという。
実際には企業が休みとなる休日などには運行されないが、便宜上この売り上げを365で割ったとしても、一日6.8万円ほどの売り上げ、利用者数にして、一日約85人の根強い需要があったことになる。

しかし、そんな「東京アクアライナー」も、2013年7月26日に運行を終了した。
原因は、高速ツアーバスから高速路線バスへの移行の条件である「バス停の取得」ができなかったからとのこと。

タイトルにもした、「房総エキスプレスの挑戦は報われたのか」という問題。
結論から言えば、報われなかったということになるだろう。しかし、房総エキスプレスの挑戦は、いわゆる新規参入の“無名の事業者”でも、仕掛け方によっては固定の利用者を獲得し、根強い支持層を獲得することができるということを実証した、という、大きな結果を残せたのではないだろうか。

実際に「東京アクアライナー」は、元々はバスを回送するついでに始めたものとはいえ、根強い支持層を獲得することに成功し、利用者は堅調に増加して途中から増便もするほどだった。

房総エキスプレスの挑戦は、正直なところ“地味”なものだったかもしれないが、新規参入、かつ知名度も低い中、地道に健闘して、少数ながらも確実な支持者を開拓してきた、という実績は特筆に値すると考える。

2013年8月は、高速ツアーバスが高速乗合バスへ一本化され、事業者間の競争がさらに激化する。
今後、これまで「高速ツアーバス」を運行してきた事業者が、既存の路線バス会社の市場にどう乗り込んでいくのか、興味深く見守りながら、「房総エキスプレス」や、同社に似た新規参入の事業者の「新たな挑戦」に期待していくこととしたい。


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