原ノ町駅にいた651系「K202編成」

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651系K202編成のプロフィール

1989年2月15日に落成した編成で、全4両が川崎重工製です。デビュー当時から「スーパーひたち」を中心に、間合いで「フレッシュひたち」などでも使用されました。

2011年3月11日は、スーパーひたち15号として13:09に原ノ町駅に到着し、折り返しスーパーひたち50号として上野に戻る予定でしたが、その折り返し準備中に被災しました。
その後、長らく原ノ町駅の側線に留置されていましたが、2016年3月から搬出作業が始まり、陸送で郡山工場へ送られた後、同年6月頃までに全車が解体されました。

651系K202編成 2011年3月11日の運用

いわき0658→(スーパーひたち14号)→上野0925-1000→(スーパーひたち15号)→原ノ町1309
(~この間に被災~)
原ノ町1509→(スーパーひたち50号)→上野1835-1900→(スーパーひたち53号)→いわき2112

8号車 クハ650-6 上野寄り先頭車

(↑)上野寄り先頭車のクハ650-6。
長年の放置で窓下には雨垂れが目立っている。

(↑)先頭部分のアップ。運転席窓からも雨垂れが多数伸びている。
人によっては、これを651系K202編成の「涙」と捉える人もいるらしい。

(↑)乗降用ドア脇の号車表記、禁煙表記、特急表記などはすっかり色あせている。

(↑)行先表示は、あの日のまま「スーパーひたち 上野行き」を表示。
K202編成がこの地に留置されている間に、「スーパーひたち」の名称自体が廃止となってしまった。

9号車 モハ650-6

(↑)9号車のモハ650-6。パンタグラフを搭載する電動車。

(↑)パンタグラフを雨から守るためか、偶然なのか、パンタグラフの真上に跨線橋が存在している。屋根の真下部分の車体は、他の場所に比べきれいな状態を保っていた。

(↑)あの日以来、降りたままのパンタグラフ。

(↑)上野行きの「スーパーひたち」50号になる予定だったため、座席は全て上野方面を向いていた。
この場所で留置されて4年が過ぎても、枕カバーはそのままセットされている。

10号車 モハ651-6

(↑)10号車。パンタグラフを装備しない電動車。

(↑)座席ポケットには車内誌もあの日のままセットされている。
折り返し、上野行きの乗客を迎える準備は整っていた。

11号車 クハ651-102 仙台寄り先頭車

(↑)仙台寄り先頭車。4両の中ではもっとも痛みが激しい。

車体の一部は塗装がはがれ、錆びが進行している。

(↑)あの日、運命を共にした415系K534編成と連結されている。

(↑)原ノ町駅の駅名板とともに。

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