目次
- 石巻線・女川駅と駅周辺 2009.08.18(震災前)
- 石巻線・女川駅 2012.01.31(震災後)
- 石巻線小牛田~石巻~女川(震災前)
- 女川市街地 2012.01.31(震災後)
- トップ
女川町 2012.01.31 まえがき
2009年8月にたまたま訪れた女川町に、2012年に再び行く機会がありました。
その際に撮影してきた写真を公開します。
写真は、1ページにつき20枚ずつ公開しています。
なお、このページではご覧いただく方に、他人事だから言えてしまうような、
私の一方的な、一種の「感情」の押し付けを回避したいという考えから、写真の説明は必要最小限にしてあります。
021以降の写真は、破壊された家財道具などの写真が含まれます。
なお、(大半の方にはわざわざ言う必要はないかと思いますが)立入禁止区域は遵守して撮影しています。
001-020
<<Back | Next >>

↑001 – 浦宿駅付近の仮バス停(当時)。

↑002 – 浦宿駅付近の踏切には「休止中」の文字が。

↑003 – 浦宿から女川方向へ向かう。

004 – 女川高校(現・宮城県立支援学校女川高等学園)付近。
写真奥の山を越えると海岸の見える場所に着く(海岸から約1.2km)

↑005 – 女川高校前を過ぎたところから。

↑006 – 「コンテナ村」。商店街は震災4か月後に高台のこちらへ移動した(※2015年終了)。

↑007 – 「コンテナ村」入口。

↑008 – 海岸へ近づいていく。

↑009 – 女川の海岸方向。

↑010 – 土に埋もれた家財道具。

↑011 – 鉄柵にはまだ多くの家財道具が残る。

↑012- そのまま進む。

↑013 – 塀の上の電話。

↑014 – 家の一部。

↑015 – 女川の海岸方向。

↑016 – レンガ塀だけが残る。

↑017 – 「女川町老人憩の家 寿楽荘」の表記。震災後は移転した模様。

↑018 – 家の台座。

↑019 – 高台の被害は少ないが柵は湾曲している。

↑020 – 女川の海岸方を望む。
<<Back | Next >>
目次
- 石巻線・女川駅と駅周辺 2009.08.18(震災前)
- 石巻線・女川駅 2012.01.31(震災後)
- 石巻線小牛田~石巻~女川(震災前)
- 女川市街地 2012.01.31(震災後)
- トップ


